「満足したい」のに、なぜ満たされないのか?|Santoṣa(サントーシャ)について
- Ken

- 5月6日
- 読了時間: 2分

こんにちは、Kenです。
最近、南インド哲学やタントラ哲学について、
かなり深く学んでいます。
特に最近は、アメリカの宗教学者であり、
サンスクリット研究者でもあるダグラス・ブルックス先生の講義を繰り返し学びながら、
その内容を自分なりに整理してnoteにまとめています。
ダグラス・ブルックス先生は、
インド哲学、特に南インドのタントラ、シュリー・ヴィディヤの研究者として
非常に有名な先生です。
単なる知識として哲学を語るのではなく、
「人はなぜ苦しむのか」「欲望とは何か」「自由とは何か」「人生とは何か」
という、現代人の感情や人生の問題にまで深く結びつけながら哲学を解説していきます。
最近の私の探究テーマも、まさにそこにあります。
今回まとめたテーマは、
Santoṣa(サントーシャ)
一般的には、「満足」「足るを知る」などと訳される言葉です。
ですが、その意味を深く見ていくと、
私たちが普段考えている“満足”とはかなり違うことが分かります。
私たちは普段、何かを手に入れることで満たされようとしています。
お金
成功
評価
人間関係
自由
ですが、実際にはどうでしょうか?
手に入れた瞬間は嬉しい。
でも、しばらくすると、また次が欲しくなる。
安心したはずなのに、また不安になる。
ヨガ哲学では、この構造を非常に鋭く見ています。
そして、今回特に印象的だったのが、
満足とは、「手に入れること」ではなく、
“終わらせること”
なのかもしれない、という視点でした。
欲望を満たし続けることではなく、
「もっと欲しい」という終わらない動きを静かに終わらせる。
そこに、本当のサントーシャがある。
そんなことを、今回かなり深くnoteにまとめています。
・なぜ欲望は終わらないのか
・なぜ満たされても苦しくなるのか
・サントーシャとは何か
・何もなくても満たされる状態とは何か
・日常でできる具体的実践
などを、ヨガ哲学をベースに解説しています。
最近ずっと探究しているテーマです。
もし今、
「何か足りない」「ずっと追い続けてしまう」「もっと満たされたい」
そんな感覚がある方は、ぜひ読んでみてください。
▼ noteはこちらhttps://note.com/nkenta/n/n65b40defc100
ではまた。
Ken




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