四住期(アーシュラマ)とは?「人生の四段階」という説明が見落としているもの


こんにちは、Kenです。
ヨガやインド哲学に触れていると、一度は「四住期(しじゅうき)」という言葉に出会います。
人生を四つの時期に分けて考える、という説明です。学ぶ時期。家庭を築いて働く時期。仕事や家から離れて、内面を深める時期。そして最後に、すべてを手放して生きる時期。
とてもきれいな整理です。「いまの自分は、何段階目だろう」と考えたくなります。定年後は森へ入る、というイメージから、老後の生き方のヒントとして紹介されることもあります。
でも、少しだけ立ち止まってみてください。
人生は本当に、階段を一段ずつ上るように進むものだったのでしょうか。
実は、この「四つの段階」という理解そのものが、古いインドの考え方とは少しずれているのかもしれません。そう読み直すことができます。この記事では、その読み直しをゆっくりたどっていきます。
四住期は、ひとつの大きな言葉の「一部」だった
四住期は、サンスクリット語で「アーシュラマ(āśrama)」と言います。
ところが、この言葉が古い文献に出てくるとき、単独で登場することは少ないのです。多くの場合、ある長い言葉の一部として現れます。
ヴァルナ・アーシュラマ・ダルマ。
三つの言葉がつながった複合語で、ヒンドゥー教と呼ばれる伝統の全体を、ひとまとめに言い表したいときに、昔からよく使われてきました。
三つの意味を、ざっと見ておきましょう。
ヴァルナ:社会を四つのグループに分ける区分。もとの意味は「色」や「文字」です
アーシュラマ:人生の区分(四住期)
ダルマ:法、務め、生き方の決まり
ここで一つ、大切な区別があります。ヴァルナは、有名な「カースト」とは同じものではありません。カーストは、ヴァルナの中のさらに細かい集団を指す、別の話です。この記事では深入りしません。
大事なのは、アーシュラマという言葉が、最初から「人生の段階表」として独立していたわけではない、ということです。ヴァルナ(社会の地図)とセットで、ダルマ(生き方の決まり)を語る大きな枠組みの中に、置かれた言葉でした。
だとすると、こんな疑問がわいてきます。この大きな枠組みは、いったい誰が、どんな考え方で作ったものなのでしょうか。
社会の地図は、そのまま宇宙の地図だった
ヴァルナは四つあります。
一番上に置かれたのが、司祭であるブラフマン。二番目が、戦士や王にあたるクシャトリヤ。三番目が、商いや経済を担うヴァイシャ。そして四番目が、それ以外のすべての人々、シュードラです。
この順番には、はっきりした意図があります。
上の三つを見てください。神々とつながる祈りの人。政治と守りの人。富をつくる人。フランスの学者デュメジルは、この三つ組みが、インドだけでなく、広くインド・ヨーロッパ系の文明に共通して見られることに気づきました。
そしてインドの序列では、お金や商売の力は、政治の力よりも、さらに祈りの力よりも下に置かれます。現代の私たちは「お金の力が世の中を動かしている」と考えがちですが、古代インドの人たちが理想としたのは、それとは逆の並び順でした。
一番上に司祭が座っているのは、偶然ではありません。この仕組みを作り、語った人たちが、司祭その人たちだったからです。司祭たちは、自分たちを「神々と人間の間をつなぐ仲介者」と考えていました。そして、その自己イメージのとおりに、社会全体を組み立てたのです。
つまり、社会の組織図は、そのまま宇宙の組織図でもありました。
空の世界(神々)にアクセスできるのが、司祭。地上で守り、調達するのが、戦士。神々が世界を守り、与えてくれるのと同じ働きを、地上で行うからです。そして、物を交換して暮らす商人。その下に、すべてを支える人々。
社会をどう並べるかは、世界をどう理解するか、そのものだったのです。
この枠組みがどれほど大きな力を持ったかは、ブッダの物語を見るとよく分かります。
紀元前1800年ごろ、西の方から北西インドへ、ある人々がやってきました。彼らが自分たちを呼んだ名前が「アーリヤ」です。やがて彼らは、自分たちの言葉と文化で、北インドの広い範囲を覆っていきます。
それから千年以上あとの、紀元前500年ごろ。ブッダは、王家の生まれ、つまり戦士(クシャトリヤ)として語り継がれています。名前の「ゴータマ」は、司祭の家系にある名前です。悟りを開いたあと、最初の説法で語った教えは「四つの聖なる真理」。この「聖なる」にあたる言葉が、アーリヤです。
ところが、ブッダの生まれは「シャーキャ族」という、小さな部族でした。移住してきた人々の系統とは、別の民族に属しています。
それでも、ブッダの物語は、ヴァルナの枠組みの中で語られていきました。異なる文化までもが、この大きな地図の中へ組み込まれていったのです。
社会の並びが、そのまま宇宙の並びになるほどの枠組み。その中に、人生の四つの区分(アーシュラマ)も置かれました。
それでは、この四つの区分は、私たちが思っているような「人生の段階表」と、同じものなのでしょうか。
しかし、ここにはもう一段深い問いがあります
四つの区分は、私たちが思っているような「人生の段階表」と、本当に同じものなのでしょうか。この問いの答えは、記事本編で、四つの区分を一つずつ見ながら、丁寧に解きほぐしています。
ではまた。 Ken




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